機械翻訳の発展で英語を勉強する意味はなくなる?
近ごろでは、Google翻訳などの機械翻訳サービスを使ったことがない人はほとんどいないと思います。
翻訳精度も日に日に向上し、人間が訳したものとは見分けがつかないようなことも多々あります。
そうなってくると、英語学習をされている方の中には「今後はAIに取って代わられるから英語を勉強する意味なんてないんじゃないか」と不安になっている方もいるのではないでしょうか。
そこで学術論文の翻訳会社で勤務していた僕の経験から、機械翻訳が発展してくることで起こってくるであろう変化と、求められる人材について書いていきます。
1.機械翻訳の現状と今後
2.翻訳業界は機械翻訳をどう見ているか
3.雇用のバリアは間違いなく崩れる
4.機械翻訳の時代に求められる語学力
5.今後も英語需要は増えるが、求められるスキルが変わってくる
機械翻訳の現状と今後
機械翻訳は人工知能の発展とともに成長を続けてきた経緯があります。
そして飛躍的な発展を遂げたのが2016年のGoogle翻訳の大規模なアップデート。
AIのディープラーニングを活用した設計で、従来の機械翻訳とは見違えるほどの質の翻訳を生み出すことができるようになりました。
ここ数年ではAI技術を駆使した似たような機械翻訳サービスが乱立し、年々精度が増してきています。
現時点での精度でも、簡単なメールのやり取りや文書作成程度であれば機械翻訳でかなりの部分をカバーできると思います。
同時通訳などの音声翻訳に関しては改善点がまだまだたくさんありますが、最近では音声認識技術もぐんぐん成長しているので、実用化される日もそう遠くないと思われます。
翻訳業界は機械翻訳をどう見ているか
以前までは、人間による翻訳や校正を提供している翻訳会社が機械翻訳サービスに対抗するため、「人間が翻訳することで文章の意味をくみ取った高品質な翻訳が可能!」という点を強調することで機械翻訳との明確な差別化をはかっていました。
しかし、現在では「機械と人間両方の翻訳技術をどうやってうまく組み合わせるか」が重要になってきています。
機械翻訳の精度が格段に上がったことで、「人間による翻訳」だけでは優位性を維持するのが難しくなったためです。
僕が働いていた翻訳会社も、以前はお客さんへの案内として「原稿内容に関連する分野の専門知識を持ったバイリンガル翻訳者が翻訳する」という点を売りにしていました。
しかし、業界の常識が次々に覆されてきている現状を受け止め、商用機械翻訳ソフトの試験導入を実施しました。
【従来の和英翻訳プロセス】
バイリンガルによる和英翻訳
↓
原文に沿った翻訳かどうかを別のバイリンガルがダブルチェック
↓
ネイティブによる英文校正
↓
別のネイティブによる校正ダブルチェック
【機械翻訳を取り入れた和英翻訳プロセス】
機械翻訳ソフトによる和英翻訳
↓
原文に沿った翻訳かどうかをバイリンガルが翻訳ダブルチェック
↓
ネイティブによる英文校正
↓
別のネイティブによる校正ダブルチェック
試験運用した結果は、「人間が翻訳するものと変わらない質のモノができる」でした。
これは海外の学術雑誌に投稿する論文を翻訳するサービスのため、4つのステップを含めた大変な時間と労力のかかるプロセスになっています。
しかし、個人利用の文章であれば、機械翻訳後にサッとチェックするだけで十分使える品質になると思います。
雇用のバリアは間違いなく崩れる
機械翻訳の発展によって、雇用を奪われる人は確実に出てきます。
直接的には、英語を武器にして仕事をされている翻訳者や通訳の方たちですが、間接的には日本人全員が対象となると思います。
海外就職して感じた雇用のバリア
海外で現地の人たちと働いてみてつくづく感じたのは「日本人というだけでかなりおいしい思いをさせてもらえているなぁ」というところ。
外国語を自然に話せる日本人は未だに少ないため、言語面での雇用のバリアができ、外国人労働者の日本への流入が妨げられています。
そのため、ビジネスレベルの外国語が話せる日本人というだけで、世界から見ると一定レベルの市場価値があります。
しかし、自分の数分の一程度の給料にも関わらず、自分よりも高いスキルや専門知識を持ち合わせている方が海外には山ほどいました。
今までは外国語が話せる日本人というだけで価値がありましたが、これからどんどん機械翻訳が発展してくると、雇用が機械に奪われるだけでなく、外国人にもどんどん奪われていくでしょう。
機械翻訳の時代に求められる語学力
では機械翻訳の時代に英語を学習することに意味はないのかというと決してそうではありません。
日本人の英語学習状況
現に、日本だけでなく世界的に見ても、英語学習者の数は今現在も増加を続けています。
また、最近は日本人が内向き志向で留学に行かなくなったといわれています。
文部科学省の発表データをもとにすれば、確かに日本人留学生の海外大学への留学者数は年々減少しています。しかしその数には語学学校への留学者数が含まれていません。
語学学校への留学者も含めた『日本学生支援機構(JASSO)』の調査データによると、2012年度に「計65,373人」だった日本人留学生の総数が、2018年度には「計115,146人」に増えています。
たった6年の間に倍増しているのです。
実はこの背景には機械翻訳の成長も関係しています。
というのも、今まで外国語が喋れないという理由で外国人を避けていた人が、Google翻訳などの機械翻訳ツールを使ってコミュニケーションを取ってみたところ、
「やっぱり機械で十分じゃないか」とはならず、
「海外の人と交流するのはこんなに面白いのか!できることなら自分で直接話してみたい!」
と感じて語学学習を始める人が増えているそうです。
これはビジネスでも同様で、今までは海外マーケットなんて考えたこともなかった企業が、機械翻訳で外国人顧客や取引先とのやり取りを始めたことをきっかけに、外国語の必要性がより増してきています。
そうなってくると、社会で必要とされるのは「文法的に正しい英語を使える能力」ではありません。
正しい英語を扱える能力はAIに代替される可能性が非常に高いです。正解を出すという点では人間はコンピュータにはかないません。
じゃあどういった能力が必要になるかというと、やっぱり結局は広い意味での『対人コミュニケーション能力』です。
×話者の発言を誤りなく訳せる通訳者
○話者の表情やニュアンスを汲み取り聞き手にスッと理解できるよう訳せる通訳者
○読み手の理解度を推測し、理解に詰まるであろうと思われる箇所に補足を入れられる翻訳者
言語はコミュニケーションツールなので、必ず受け手がいます。
機械は「Aの入力→Bの出力」といったようにあらかじめ決められた動きしかできません。
受け手側やその時々の状況に合わせて臨機応変に対応するのは、当分は人間にしかできないでしょう。
そしてコミュニケーション能力はその国の文化を理解することでも養われます。
外国企業との取り引きを始めた会社であれば、簡単なメールや文書の翻訳はAIに任せつつ、大事な商談があるときに社内で英語を使ったコミュニケーション能力の高い人が重宝されるでしょう。
今後も英語需要は増えるが、求められるスキルが変わってくる
機械翻訳が成長を続けたとしても、英語学習の需要は今後ますます高まっていくことになりそうです。
一方で、今までの「TOEICで900点以上」「英検1級」などの正解を導き出すための語学試験の需要は下がっていくと思います。
※言語学習の方法の1つとしては有用だと思いますが、資格を取得することそのもののアドバンテージは徐々に低くなるでしょう。
人間は他人とコミュニケーションを取ることで幸せを感じる社会性の生き物です。
たとえAIが完璧な言語を操れたとしても、人々の間でコミュニケーションが失われることはないでしょう。
AIが進化して既存の仕事が奪われていく時代にも残り続けるのは、人間の根本的な原理に基づいたものだと思います。